悲しいことに (幸いなことに?) 私たちの知るかぎり、時間は過去から未来への一方通行です。その常識を疑い、時間が過去へと逆戻りする可能性を検討しようじゃないか、というのが本書です。前々回の記事で紹介した『タイムマシンをつくろう!』は「どうすれば過去に (あるいは未来に) 行くことができるのか」という観点で書かれていましたが、本書では、宇宙がビデオテープのようなものだったとして、それを誰かが巻き戻したために「誰もかれも否応なく過去に逆戻りさせられる」かもしれないということが書かれています。
よって残念ながら「今の記憶を保ったまま、高校生あたりからやり直したいなあ」という類の話ではありませんが、「時間ってなんだろう?」「宇宙ってどうなってるんだろう?」という想像をかき立ててくれる一冊です。
はじめに:微分方程式は時間の方向を規定しない
意外なことですが (と本書を読んで思いました)、物体の動きを記述する微分方程式には、時間の「方向」に関する記述がいっさいありません。つまり計算のうえでは、時間を巻き戻しても物理法則には反しません。
例えば、ボールが A 点から B 点へ等速直線運動する場合を考えます。A 点から距離 \(y\) だけ離れた B 点へ、速度 \(a\) で、\(x\) 秒かけて移動したとすると、その微分方程式は次のようになります:
$$ a = \frac{dy}{dx} $$
これは、速度 \(a\) で動くボールが、ごく短い時間 \(dx\) 秒のあいだに、ごく短い距離 \(dy\) だけ進むことを表しています。次に、同じボールが、B 点からまた A 点まで同じ速度で移動したとすると、移動距離は \(y\)、かかった時間は \(x\) なので、微分方程式はやはり同じになります。
ところで、このことを「A 点から B 点に動いたボールが、時間が \(x\) 秒だけ逆戻りしたために A 点に戻った」と考えることにすると……
$$ a = \frac{-dy}{-dx} = \frac{dy}{dx} $$
なんと、時間を \(x\) だけ進めようが、\(x\) だけ巻き戻そうが、まったく同じ式になります。すごい!なんかこれに気づかせてくれただけでも、この本を読んでよかったと思えました。このことは、次の節でも少し出てくるので、頭の片隅に入れておいてください。
時間が逆戻りするかもしれない宇宙のすがた:サイクリック宇宙
さまざまな研究者によってさまざまな宇宙のモデルが提唱されている中で、時間が逆戻りする可能性があるとして本書で紹介されているのが「サイクリック宇宙」です。そしてサイクリック宇宙は「超弦理論」がベースになっています。超弦理論による宇宙とは、ざっくりいえば次のような姿をしています:
- この世のあらゆる物質を構成する「素粒子」は「弦 (ひも)」で表される
- 弦の振動のしかたによって、素粒子の性質が決まる
- 時空は、9 次元の空間と、1 次元の時間からなる
- 私たちがいる 3 + 1 時空は、ブレーン (膜) に貼り付いている
- よって、ブレーンの外側の世界 (高次の空間) は私たちには認識することができない
4、5 点目についていえば、スクリーン (2 次元空間) に映した手影絵をイメージするとよいかもしれません。手影絵で「カニ」を作ると、スクリーンの上に住む 2 次元世界人は、それをカニと認識するでしょう。でもその横で右手と左手を重ねて指をひらひらさせて、カニの影絵を作っている人のことは決して認識できないでしょう。
重力を伝える素粒子として「重力子」が存在すると予想されていますが、これがいまだ観測されていないのは、重力子がブレーンとブレーンのあいだを自由に行き来できるから、と説明されます。重力子はブレーンのあいだを移動できるので、ブレーンどうしが引きあって衝突したりします。これってビックバンなのでは?……という考えを発展させて、ブレーンが衝突 (ビッグバン) → 膨張 → 収縮 → 衝突 → ……というサイクルを繰り返しているのでは?とするのがサイクリック宇宙です。ばねを縮めておいて手を放すと、伸びたり縮んだりを繰り返すイメージでしょうか。
で、われわれの住む宇宙は膨張しているといいますが、サイクリック宇宙の考え方によると、いずれどこかで膨張フェーズが終わって収縮フェーズに転じるわけです。本書によれば、宇宙の膨張を表す方程式では、「収縮」とは時間が負に進むことに対応します。そこで前の節の話を思い出してほしいのですが、宇宙が収縮を始めると、時間が逆方向に進み始め、B 点にあったボールは A 点に戻り、木から落ちたりんごは地面から浮き上がってまた木の枝に接がれる……かもしれないというわけです。
時間が逆戻りすると何が起こる?
宇宙が収縮に転じて時間が逆戻りを始めたら、実際のところどうなるんでしょうか?本書によれば「すべての巨視的物体が逆向きの時間を進んでいるが、そのことを認識できていない」という状況になるであろうとのことです。
ここからは私の想像 (あるいは妄想) ですが、次のようなイメージでしょうか:私はそのうち死んでそのへんの土くれにでもなるはずですが、そこから 100 億年くらい経って宇宙が収縮を始める。時間が 100 億年分くらい巻き戻ったところで、土くれと化していた私の細胞たちが息を吹き返し、徐々にあつまり、身体を形成してこの世に復活する。でも最初は老体なので杖をついて、よぼよぼ歩きです。成長 (?) するにつれ背筋がしゃんとする。そのころ、両親も復活。最後はハイハイしながら、母親の胎内に還って、一生 (?) を終える。人類みな、こんな奇妙な一生を、奇妙とも思わずあたりまえに送る……
まあそういう話ではないのかもしれませんが、こんな妄想をめぐらせながら本書を読むのも楽しいかと思います。
おわりに
ここでは「サイクリック宇宙」を中心に、時間が逆戻りする可能性があることを紹介しました。本書にはほかにも「時間が逆戻りするなら、エントロピーはどうなるんだ?」とか「マクスウェルの悪魔対人類の 100 年史」とか「人間原理」とか、興味を惹かれる話題がてんこ盛りなんですが、本稿では割愛しました。中でも特に気になったのが、本書ではちょくちょく登場するロヴェッリという物理学者です。彼によると時間なんてものは幻想で、本当は存在しないのだそうです。詳しいことは彼の著作『時間は存在しない』に書かれているようです。本屋で見かけて気にはなっていたのですが、そのときはお金をケチって買いませんでした。そのうち読んでみようと思います。