ポール・デイヴィス=著・林 一=訳『タイムマシンをつくろう!』 (草思社) 感想

誰もがあこがれる夢のデバイス、タイムマシン。われわれはマーティのように、現在と過去と未来を自在に行き来することができるようになるのか?本書では、その作りかたを物理学者がまじめに検討し、やさしくかみ砕いて解説してくれます。もしかしたら、デロリアンのように利便性とフォルムの美しさを兼ね備えたパッケージを期待している人はがっかりするかもしれません (笑)。でも「結局実現できるの?できないの?」と指をくわえるばかりのわれわれ一般人に、専門家が「こうすればできるんじゃないかな」という道筋を示してくれたという点で、一読の価値ある書だと思います。

なお、本書が出版されたのは 2003 年ということで、科学・技術系の書籍としてはかなり古い部類かと思います。でも 22 年経った現在でもタイムマシンが到底実現しそうな気配がないことを考えれば、その価値は未だ失われていないと言ってもよいと思います。

おすすめポイント

  1. 一般読者に向けて書かれた平易な文章:
    相対性理論や量子論など出てくるが、数式はほとんど使わず、必要な部分だけ取り出してかみ砕いて説明してくれる。
  2. 具体的な実現プラン:
    「こうすればタイムマシンを実現できる」という理論が、4 つの工程に分けて具体的に述べられている。読めば「なんだか実現できそう」という気にさせてくれる。
  3. 本編以上におもしろい?Q&A:
    タイムマシンやタイムトラベルに関するQ&Aを収録。「未来からの訪問者が見当たらないのはなぜ?」など、誰もが知りたがる疑問に対して、著者が真摯に答えてくれる。

本書の概要

本書の構成はとても簡潔で、次の 4 章なら成っています:

  1. 未来への行き方
  2. 過去への行き方
  3. タイムマシンの作り方
  4. タイムマシンに関するQ&A

実際はともかく、理論的には未来に行くことは可能である。という事実は、アインシュタインの相対論の帰結として広く知られているところだと思います。アリスが高速な宇宙船で 3 年かけて宇宙を旅して帰ってきたら、その間ずっと地球で暮らしていたボブは 10 も余計に年を取っていた、というやつですね。本書もまずはそこから出発します。

では過去へはどうかというと、次の章で、そのための手段として「ワームホール」を提示しています。それによれば、ワームホールやブラックホールを形成する強力な重力の中では光が捻じ曲げられるため、もし大胆な宇宙飛行士がその中に一緒に飛び込んだとしたら、それを遠方から眺めている人にとって、宇宙飛行士は光速を超えていることになる。もし宇宙空間の中で遠く離れた 2 つの点 A、B をワームホールでショートカットすることができれば、A 点からワームホールに入ってB 点から出、通常の宇宙空間を急いで A 点まで戻ればそれは出発前の A 点である。とのことです (正直、このあたりの説明はよくわかりませんでした)。

ただしそんなに都合よくいくはずもなく、ワームホール自体がはかないもので、形成されてもすぐに消滅してしまうこと、ワームホールの中間地点 (本書では「喉」とか「特異点」と呼ばれる) の重力が強力すぎるために、A 点から飛び込んだ宇宙飛行士は、B 点から出てこれないであろうことなど、課題は山積しています。

要は、安定かつ安全なワームホールを作ることができれば、タイムマシンを実現できるというわけです。第 3 章では、4 つの工程に分けて、その実現性を検討します。本書がいくら平易に書かれているとはいえ (あるいは平易に書かれているからこそ?)、このあたりは物理学になじみないの一般読者にとっては難しい部分です。ここが本書のキモですので、詳細はぜひ本書を手に取っていただきたいのですが、ざっくりいうと次のようになります。

  1. 衝突器:原子核どうしを衝突させ、高エネルギーな状態を作り出す
  2. 圧縮器:それを圧縮し、「プランク温度」まで温度を上げることで微小なワームホールを作り出す
  3. 膨張器:微小なワームホールに「負のエネルギー」を注入して、人間が通れる程度のサイズに拡張する
  4. 差分器:ワームホールの一方の口を高速回転させるなどして、ワームホールの両端に時間差を作り出す

「理屈はよくわかんないけど、なんかできそうな気がする」って思いませんか?

本書の締めくくりとして、タイムマシンに関するQ&Aが収録されています。

  • 未来からの訪問者が見当たらないのはなぜ?
  • 過去は変えられる?
  • 年齢の違う自分が集合する?

など、タイムマシンに関して誰もが知りたがる疑問に対して、著者が真摯に答えています。特に「未来からの訪問者が見当たらないのはなぜ?」という問いに対する回答は、本書で提案されたタイムマシンのしくみにも関係する部分であり、ここまでを読んだ読者なら、とても納得がいくことでしょう。

余談:『サマータイムマシン・ブルース』

「タイムマシンに関するQ&A」の章の「過去は変えられる?」という問いに対して、「過去に戻ってその時代の出来事に干渉 (たとえば現在の株価が書かれた新聞を過去に持っていき、若いころの祖母に読ませて投資させ、いずれ自分に渡るであろう富を築かせるなど) したとしても、因果関係に矛盾が生じないよう、過去・現在・未来の出来事がうまく調整されるようにできているのではないか」という趣旨のことが書かれています (pp.145-146 あたり)。このことを非常にうまく描いた『サマータイムマシン・ブルース』という映画がありますので、ついでに紹介します。

とある大学の SF 研究サークル。猛暑の中、くだらないいたずらが原因で、部室のエアコンのリモコンが故障、エアコンが動かなくなってしまいます。そこに突如、怪しげなマシンが出現。なんやかやでそれがタイムマシンであることを知った学生たちは、「昨日」に戻って、故障する前のリモコンを「今日」に持ち帰ってしまいます。その場合、「今日」にもともとあった壊れたリモコンは、どこからやって来たことになるんでしょうか?

せっかくのタイムマシンなのに、「昨日に戻ってリモコンを取ってくる」だけのくだらなさ。大学ならではの自由な空気と謎にハイなテンション。そしてタイム・パラドックスがきれいに解決されるラスト。すべてが最高にエンターテイメントな作品なのでぜひ!そして2回、3回と繰り返し観ることをおすすめします。初見では理解できなかったところが「ああ~そういうことね」とわかって一人ニヤついていることでしょう。