仁義なき早朝の戦いを制した者のみが享受できる特権――
はじめに
「零票確認 (れいひょうかくにん、ぜろひょうかくにん)」という言葉をご存じでしょうか?投票所が開場してから最初の一票が投じられるまでの間に一度だけ、投票箱のフタを開けて中に何も入っていないことを確認する作業のことをいいます。ふつう、選挙の中の人でもないかぎり投票箱の中を見ることは決してできないわけですが、このときだけは一介の有権者であっても投票箱の中を見ることができます。そのプレミア感から、選挙のたびに早起きして投票所に一番乗りするガチ勢も存在するようです。たまたまテレビを見ていて零票確認のことを知った私は、面白そうだなと思って挑戦してみることにしました。今回はそのときの出来事について書こうと思います。
「零票確認」について
「零票確認」にはちゃんとした法的根拠があります。それが「公職選挙法施行令第三十四条 (投票箱に何も入つていないことの確認)」です。
投票管理者は、選挙人が投票をする前に、投票所内にいる選挙人の面前で投票箱を開き、その中に何も入つていないことを示さなければならない。
ただし、細かいやり方は投票所によって微妙に異なるようです。私が行った投票所では、開場前の列に並んでいた先頭の 1 人だけが確認に立ち会うことができました。しかし聞いた話では (ソースは失念)、開場した時点で並んでいた人全員が立ち会うことのできる投票所もあるようです。本当にそういうところがあるとすると、そのほうが公平な感じがしますね。それに先頭の 1 人しか見れないとなると、運悪くガチ勢が存在する地域の投票所に当たってしまった人は、仁義なき早起き合戦に巻き込まれることになってしまって気の毒です。
「零票確認」に初トライしたときの出来事
前置きが長くなりましたが、ここからが本題です (とはいえただの体験談なので、一番つまらない部分ともいえます)。
なにかのテレビ番組で零票確認のことを知った私は、面白そうだなと思って自分も挑戦してみることにしました。何の選挙だったか忘れてしまいましたが、2 年くらい前の国政選挙だったと思います。開場が朝の 7 時だったので、当初は 1 時間くらい前に行こうかなと思っていました。でも我ながらなんとなくドン引きしてしまったので、ちょっと緩めて 15 分くらい前に行くことにしました。それでだめだったら次はもっと早くいけばいい、と思いました。結局、投票所に着いたのは開場 12 分前の 6 時 48 分でしたが、運がよかったのか、そこまで熱心な有権者のいない土地だからなのか、誰も並んでおらず、首尾よく一番乗りすることができました。
「投票箱の中ってどんな感じなんだろう?」とわくわくしながら開場を待っていると、5 分前くらいになって 2 番目の人が私の後ろにつきました。人の好さそうなおばあさんでした。そのおばあさんが列に並ぶなり「あれェー、昨日片付けたはずなんだけどなァ」といって近くに置かれていた空のプランターに目をやりました (その投票所は地域の公会堂になっている場所だったので、そこの老人クラブかなにかで花を植える活動などやっているようでした)。そのときの私は仁義なき早朝の戦い?を制した直後だったこともあり、疑念の塊みたいになっていたのかもしれません。「なんでそんなことをわざわざ俺に聞こえるように言うんだろう?」と思いました。まさか俺が「片付けるのを手伝いますよ」というのを期待して、プランターを片付けているスキに先頭の座をかっさらおうとしてるんじゃあるまいな。
だから私は「ああ、そうなんですね」と適当に返事をしました。ふだんならプランターを片付けるくらいのこと、手伝うにやぶさかでないというのに。本当に私を出し抜こうとしたのか、それとも手伝ってもらいたかったのか、あるいはただの独り言だったのか、今となっては知る由もありませんが、結局プランターはおばあさんが 1 人で片付け、私は先頭の座を死守し (あるいは死守した気になって)、零票確認の権利を得た者として投票箱の中を覗くことができたのでした。
投票箱の中はふつうに空でした。でもなんだかとても神聖で空虚な空間でした。おばあさんとの一件で多少あと味の悪い思いはあったものの、やはり早起きしてよかったなと思えるだけの貴重な体験をしたと今でも思います。ただ、列の先頭をキープしたいがために、つまらない疑念を抱いて、ふだんならとれたであろう行動をとれなかった自分がなんだか残念だったなとも思います。とにかく、自分は無事に空の投票箱を見ることができたのだし、この特権は誰かに占有されるべきではなく皆で共有されるべきものである、それに特権を争えば人が信じられなくなったり自身の行動がゆがんだりするんだなと思ったので、一番乗りを狙うのはこれっきりにしようと思ったのでした。